« 2006年07月 | メイン | 2006年09月 »
寒い?
今日で8月も終わりです。明日から9月という実感がどうもわいてきません。
昨日の天気予報では今日は晴れ。気温も30℃を超えてかなり暑くなるという話でしたが、朝から厚い雲が垂れ込めていました。そして午後からは雨。
気温も全く上がらず、午後2時過ぎ時点での道路脇の温度計表示で21℃。夕方にかけては風もやや冷たくなり、外でじっとしていると少し肌寒いくらいです。部屋の中では扇風機なしでちょうどいいくらい。
今までが暑すぎたので急にこの温度になると思わず「寒い」と言ってしまいそうですが、よく考えてみると例年であればこのくらいでもおかしくないんですよね。
こうして急激に気温の変化が繰り返されると体調を崩しがちです。気をつけましょう。
うーん・・・なんともつまらぬ日記だ。いかに今日は何もしていないかということが露見している。
はでご
稲を刈ってから干すときにさおを立ててそれにかけますが、そのさおのことを「はで」といっております。「はで」を組む一つ一つの材を「はでご」とか「はでざお」言っております。
地域によって「はざ」とか「はぜ」とかいう呼び名もあるようですが、うちでは「はで」で通っております。
で、ただいまこの「はでざお」を準備中です。去年まで使っていた竹の材は割れたり痛んだりで使い物にならなくなってしまったので、この春田んぼの移動と共に処分しました。
ということで今年から使うものを準備しないと稲が干せないということになり目下準備中という次第です。
初めは竹を使おうかと思っていたのですが、幸いにも檜の間伐材をもらえると言う話をいただきまして、それを使うことにしました。檜のほうが断然長持ちします。
先日山に行き、木を切ってもらい、枝を落としておいたものを本日友達の助けを借りて何とか運び出してきました。今は少しずつ皮をむいているところです。
さて、この檜、さおにする程度の間伐材ですからかなり細いものを使います。が、これがかなり重たい。生木ですから当然重量も割り増しではありますが、大の男が二人で汗だくになりながら運び出しました。
昔の百姓は山仕事も当たり前にやっていたようですが、こうして山から木を出すという作業の大変なこと。今は機械がありますからかなり楽に作業ができますが、人力のみで作業していた時代の人の苦労がしのばれます。
田植えについても同じようなことを言ったことがありますが、こうした先人の苦労を知らないで「機械化=進歩」と勘違いしている人種が私は嫌いです。
無駄に苦労をしろというわけではなく、先人の手仕事は技術だと思うのです。それが継承されていないというのは、つまりは技術においては「退化」であります。
そして先人が脈々と受け継いで来た技術を寸断してしまうということは当然次の世代に残すものがないということになります。
除草剤の話でも書きました、「今生きている者の責務」に関わる問題でもあります。
人の子の親となった人たちと話をしていますと大半の人が「子供たちに~を残してやりたい」「~を与えてやりたい」といった思いを抱いて生活しているようです。
が、その話を聞いていますとその「~」は必ずといっていいほど物質社会の恩恵、つまりは虚構物のことでしかありません。
私たちは昔から変わらないものの恩恵も受けて育ったはずです。そんなものは残さずとも利便性や快楽、自己満足の道具を残すことが次世代のためになると信じきっているようです。
だからといってその人たちを全否定するわけにもいきません。彼らなりに子供たちのことを真剣に考えているという姿勢は充分感じるからです。
ただ、そればかりでは次世代全体を考えたときには不幸であると思うが故に私はそうしたくないだけのことです。あれこれ言ってみても言葉では伝わることに限界があります。多くの人は経験則でしか物事を考えることが出来ないからです。
少しずつでも実践あるのみ。私自身もまだ何事をも為しえてはいませんが、一つずつ実践していくことで少しは変われるのではないかと思っています。自分が変われば周囲も少しは変わるかもしれない、そんな淡い期待も持っていますが。
ということで私が昔ながらの「馬鹿げた」百姓にこだわる理由の一つでもあり、「はで干し」もその一環であるという話であります。
推論
今日も新しいネタがないので、昨日の続き。
さくらに関しましてはいろいろな情報やご心配をありがとうございます。今のところ特に目立った症状は出ていないようなのでおそらく大丈夫と信じて過ごしております。
でも心配なことは否めませんが・・・
さて、私の虫刺され、いろいろと検討した結果、やはりムカデのせんはないだろうという結論に。
まず痛さと腫れ方がどうも聞く話聞く話と違っている。それからもしムカデだったとしたら刺されたときに近くにいるはずだから気付かないのがおかしい。いくら私が寝ていたとしても。
よく考えると、私は今の暮らしの中で寝ていてもムカデの足音で目が覚めるようになっているので熟睡中ということを加味しても刺された直後にムカデの存在に気付かないというのはおかしいだろうと。
次にアブですが、これは腫れ方が明らかに違うので消去。
となってくると今じき私の部屋に出入りしているものでこのような腫れ方をさせる虫といえばハチしか残っていないということになりました。
おそらくツチバチ系のいずれかだとは思うのですが、よく見かけていました。そしてそう考えてみると腫れ方もハチに近い気が。
小さいハチなのでこの程度の腫れで済むというのも納得がいきますし、刺されたときにアブと間違えて捨て置いたという状況にも合致します。
ということでこのハチの仕業ということにしておきましょう。
それにしても私は毎年何かのハチに刺されてるなあ・・・ま、スズメバチでないだけ良しとしましょうか。この勢いで行くとそのうち身近にいるハチを網羅しそうだ・・・
虫刺され
タバコ嚥下の容疑がかかっているさくらさんは今日も絶好調。本当に飲み込んだんだろうか・・・と疑いたくなります。紙や葉っぱは植物だから問題ないとしてもフィルターだけは消化できないと思うんだよなあ・・・ウンコにも出てこないし・・・
さて、話は昨日にさかのぼります。昼寝中の私はチカッとする痛さで目が覚めました。「アブか・・・」とめげずにお昼寝続行。するとまたすぐチカッ。さすがに腹が立ってきたので昼寝をやめてアブ退治に。
で、そのとき刺された箇所なのですが、一箇所はどう見てもアブの腫れ方ではありません。そういえば刺されたあとに毒を搾り出していたとき傷口が2つあったようななかったような・・・もしかしてムカデか?
ということでムカデに刺されたことのある友達に聞いてみると「そんなもんじゃない。とてつもなく痛い」とのこと。ちなみに私はムカデに刺されたことがありません。
じゃあ、一体何に刺されたんだ・・・?まさか今流行のアルゼンチンアリ?そんなわけないか。
普段は虫刺されで薬を使わない私も(スズメバチとかは別)さすがに腫れもひどく熱をもってきているので液体ムヒなど塗ってみました。少しは熱をとってくれるようです。
なんにしても正体不明というのはどのくらいで腫れが引くかの予測も立たないので嫌なものです。刺されてから24時間以上経っているのでおそらくこのあたりがピークではないかと思ってはいるのですが。
心配性
本日2度目の日記です。
先日夏休みでカナダへ旅行へ行っていた弟からもらったお土産。「メープルクッキー」「タバコ一箱」「Tシャツ」
本日夕方から近所の友達の家へ。上記「メープルクッキー」を持って。流れで一緒に夕食を食べようということになり、家に帰ってきたのが9時過ぎ。
一人でお留守番のさくらちゃんは最近元気です。少し涼しくなってきたせいか、それとも他の要因があるのかは分かりませんが、一時期調子の悪かった頃があっただけに元気にはしゃぐ姿を見ることは安心感と嬉しさを与えてくれます。
帰って家の明かりをつけてみるとなにやら散乱しています。
あ、ちゃぶ台の上においてあった「お土産タバコ」だ。
最近は少し落ち着きも出てきてこうしたわるさはしなくなってきたと思っていたのですが、元気復活と共に悪い癖も復活したようです。
仕方ないなあ、と片付けているとなにやらおかしい。タバコの本数が少なくないか。カナダのタバコって少ないのか。いやいや箱にはちゃんと20本入りって書いてあるぞ。
まさか!あわてて懐中電灯をとり、さくらの行動範囲を念入りに調べてみましたがタバコは何処にも落ちていません。
ということは食っちまったってこと?この状況からはどうしてもそうとしか考えられません。そう思うとちょっとしたゲップも気になる。いつもしている仕草も気になってくる。
異物を飲み込んだ場合は・・・急性胃腸炎か・・・吐き出してくれるだろう・・・
今は寝床に行って寝てしまっていますが、私が帰ってきてからはや1時間半は過ぎました。まだ吐きません。悪いものを食ったときって吐くまでにそんなに時間がかかるだろうか・・・私の場合はたいてい1時間以内だが・・・
それとも明日のウンコに出てくるんだろうか・・・
今日はせっかく早く寝られると思ったのに、心配でなかなか寝付けません。
稲刈り準備
といいましても私個人の話ではありません。部落の生産組合の共同機械のことです。
今日は午前中、その機械や倉庫の掃除や準備点検をしました。コンバインの整備は業者に頼んでいますので我々がやるのは乾燥機、籾摺り機、石抜き機、選別機、といった刈り取ったあとに使う機械と倉庫に関わる作業です。
私は生産組合員というわけではないのですし、コンバインなどを使うわけではないのですが、籾摺り以降の作業はここの共同機械を使わせてもらっていますので、当然お手伝いをするわけです。
こうして準備をしていると今年もそろそろ稲刈りの季節になるのかという話も出てくるわけです。ただ、私の場合は他の人に比べて少し遅めになりますので、現在の田んぼを見てもまだ稲刈りという実感はわいてきませんね。
稲の収穫時期は品種によって早い遅いがありますが、他にも栽培方法によっても差が出るように思います。播種期や田植え時期によって早い遅いがあると言う人も多いのですが、私はどうもそれは関係ないように思っています。それよりも育て方が大きく作用しているようです。
今年の季節の流れの中でどういう生育ステージを歩んできたのか、地力の有無、日当たり、田の水持ち具合、などなど多くの要因が絡んで熟れ時期も決まってくる気がしています。当然そこには我々の思いの及ばない要因も多く関わってきているでしょうしね。
でも、周囲の田んぼを見ていると多少の早い遅いはあれ、毎年それほどの差が感じられません。何故かということを私なりに考えてみました。
簡単に言うとカレンダーに従って薬と肥料を使い、人為的に稲の生育を操作しているからではないでしょうか。
稲に限らず野菜などでもそうですが、限られた肥料分や温度、水管理を操作することによりある程度は自分たちの都合のいい生育をさせることが可能です。ま、それでも自然の影響から完全に免れることは出来ませんが(それすら可能にしている栽培方法もあるようですが)、完全に季節の流れに委ねて育てているものと比べるとその差がよく分かります。
百姓仕事を経済活動の一環として捉え、農作物を生産財として捉えるのであれば当然カレンダーで定められた時期に定められた量が採れることが正義であるという考えになるのでしょうが、私にはそこは人間が踏み込んではいけない領域に思えてどうしても是とは出来ません。
「安定供給」「品質向上」「所得向上」云々・・・食べるものって何時でも何処にでもあると思っているんですよねえ。
これを「進歩」と捉えるか「驕り」と捉えるか、生き方の分岐点になる気がします。
ポン操中止
今日はポンプ操法大会本番。この一週間訓練した成果の発表の日。
のはずでしたが、夕方からの雨により中止となりました。
この大会は2年に一回あるのですが、今年のように中止になった場合は来年またやるそうです。
結果としてはこの一週間の訓練が無駄になったという見方もありますが、私はそうは思っていません。
わが町の消防団ではこの訓練では水を出していません。要は型だけを競う大会になっているわけですが、これに対して「意味がない」などの声も多々聞かれています。
さらには今年中止になった大会を来年に持ち越すことに対しても不満の声が多くあります。
どんな組織でも同じだなと思うのが、こうして不満ばかり口にする輩は自分でその問題点を解決しようという気がないということです。
自然農法でも同じことが言えるのですが、こうした人種は必ずといっていいほど、やる前から文句だけ言って投げ出しています。
特に組織に属している以上はまず言われたことをとことんまで追求してやってみることが異を唱える最低条件ではないでしょうか。
これがいわゆる「頭でっかち」なのかもしれませんね。しかもこの「頭でっかち」、理論武装もほとんど出来ていません。本人たちは出来ているつもりで高論をぶっていますが、傍で聞いているとその思考の浅薄さにあきれてしまいます。
嫌ならやめればいいのに集団から離れる勇気はない。こういう人間が大半なのでしょうね。
ま、こういう人種には何を言っても「馬の耳に・・・」ですから私はただただ実践あるのみです。偉そうなことを言っても自分が実践できていなければ説得力がありませんし、何よりも自分が変わっていかない限りは周囲の人間も変わるわけありませんからね。
「自分はまだまだ」という謙虚な姿勢は忘れたくないものです。
23:06 | コメント (1737) | トラックバック
天狗登場
どういうわけか、毎年数個はこんなナスが出来ます。写真は米ナスです。
市場には形、大きさ共にそろったものしか出回りませんので、こんなものを見るとたいていの人は驚きますが、何をしたというわけでもありません。
自然界では全てが統一されているという状態はないんですよね。
再会
隣の家に住んでいたその家の娘一家。この春から旦那の里へ引っ越していきました。
子供たちも夏休みということで、今日こちらに来ていました。約5ヶ月ぶりです。私がここに来てからお隣ということもあり、さくら共々ずいぶんと親しくつき合わせてもらっていただけに突然再開することができ、嬉しい限りでした。
滞在は明日までという短い間で今日のお昼に会うことができ、昼食も一緒に食べられたというのは幸いでした。
さくらもずいぶんとかわいがってもらっていたので、是非一目、と思ったのですが、運悪く今日は会えず。明日にでも会わせてやりたいなあ。
ふと彼らがいなくなったころのことを思い出しました。近所から小さい子供がいなくなるっていうのは、こんな田舎町ではずいぶんと寂しく感じるものです。
カタカナって読みづらい
今日も暑かったですねえ。今日は配達で広島を車で回っていたのですが、運転しているだけで汗が噴出してきます。
さて、今日はその配達中に気付いたどーでもいいこと。
運転中にふと目に入る店の看板やテント。
「理容ヒキヂ」
ん?「ヒヂキ・・・・?」 いやいや
「(有)コタケ」
ん?「コケタ・・・・?」いやいや
こんなこと結構ありませんか。
今日はバイパスが渋滞のため、いつもと違う道を使っていると周囲の景色にもついつい目がいってしまいました。何考えながら運転してるんだ、と思われそうですが、まあこんなもんです。
22:26 | コメント (201) | トラックバック
早いぞ
先週16日に友達が来て種まきをしてくれた大根がもう発芽しました。厳密に言うと19日の段階で早いものは芽を出していたのですが、大半が出揃ってきましたので今日写真を撮りました。
この時期にまく大根は芽が出るのが早いものですが、今年は春からあらゆる野菜が発芽、生育共に遅くなる傾向が続いていたのでこの早い反応はやたらと嬉しくなってしまいました。
こうなってくると他の秋野菜たちもがんばって次々と蒔いていきたいところですが、午後からは雨模様。夕方近くなってから本格的に雷雨となりました。
夕立程度とたかをくくっていたのですが、なかなか止みませんね。
このままいくと今日の消防の訓練も休みか。
デブ専
決して私のことではありません。確かに少しぽっちゃり系が好きではありますが・・・イヤイヤそんなことを書こうと思ったのではありません。
食べ物の話です。連日の2本立てです。
毎年この時期になると田んぼを見ていて思います。
早くも稲が倒れているところがある(私の田ではありません)。まだ青いのに。
稲が倒れる原因は
①あまりにも強烈な台風などによる外的、物理的要因
②稲自身が穂の重みに耐え切れずポキッと
で、今頃から倒れているのは②の方であります。
何で自分で自分の重みに耐え切れなくなるのだろう・・・デブだからだ。
稲をこかしておいて「こけるくらいじゃないと量がない」と自慢している人をよく見ます。ということは狙ってこかしているのか。
そうです。
一般には穂を大きく、実を充実させるために「穂肥」といいまして肥料を振ります。これを振ると確かに収量が上がるそうですが、自分の体を支えきれない状態って不自然だよなあ。
でもまてよ。よく考えると米だけじゃないな。牛・豚・鶏といった肉も短期間でぎりぎりまで太らせてハイ出荷、ってもんだし、果樹なんかも実の重みに枝が耐え切れず番線で吊ったりしている。野菜も支柱がないと倒れてしまうものがあるなあ。
なんだ、大多数が喜んで食べているものって肥満児ばかりなんだ。
人間って何でも太らせるのが好きなのかなあ・・・
そもそも野菜たちの自然な姿って、どうなんだろう。かくいう私もナスやピーマンは支柱を立てないと倒れてしまってるな。今の姿って不自然なのかな。
なんか頭がこんがらがってきた・・・
読売新聞
今日は台風一過ですっきりと晴れ渡った空、とはいかなかったようで、今日はやたらと蒸し暑い一日でした。気温はそれほどでもありませんが、かなりの湿度で洗濯物の乾き具合もいまひとつ(なんとも主婦的視点・・・)。
台風の速度が遅いせいでしょうかね。
今日はお昼ごろから読売新聞の取材がありました。このブログのことがテーマとなる記事のようです。
記者さんの質問を受けていますと、自分の頭の中も整理できていいもんですね。こういう機会があると日ごろ漠然と捉えていたことが明確な形を成してきますので今の自分が考えていることが自分自身でよく見えてきます。
広島版のみですが、今週木曜日の掲載予定だそうです。一体どんな記事に仕上がるのか、楽しみに待ちましょう。
人心の荒廃すること
ただいま体協の寄り合いから帰ってきました。あまりにも悲しくなり本日2度目の日記に向かっております。
当人のいないところでその人をけなし、得意げになる
自分の都合は最優先させるが、他人の都合には聞く耳を持たない
行事(イベント)=遊び>百姓仕事
具体的には書きませんが、こんなことが平然とまかり通っているっていったい・・・
子供の話であればまだしも、これが還暦を過ぎた老年期の振る舞いかと思うと怒りよりも悲しさがこみ上げてきます。
「憎まれっ子世にはばかる」とはよく言ったものだとふと脳裏を掠めた自分が情けなくもあり、陰鬱とした心持で家路をたどりました。
こんな時、家に帰っても誰も話し相手がいないというのは寂しいものですね。
愚痴を聞いてくれる相手がほしいというのは正直なところ否定できませんが、それ以上に私がこうして思ったことを話し、思いを共有してくれる存在が欲しいなとふと感じてしまいました。
さすがにさくらじゃこれは無理ですからねえ。彼女は今私の後ろで蛾と戯れています・・・
とりあえず現実逃避するしかない今の私もまだまだ精神修養が足りません。
さて、ぐっすり休んで明日からまた気分一新、ケの生活を全うしましょうか。
世界バスケ
今日も雨が降ったり止んだり。たいした雨、風ではないのですが、今日も一日ダラダラとさせてもらいました。おかげで体はだいぶ軽くなりました。
ダラダラで唯一いけないのは飯を作らなくなることですね。寝てばかりいると生活リズムが崩れますし、腹の減り具合もいまいちです。
さくらの散歩があるので朝はそれなりに起きるのですが、その後の行動が目茶苦茶ですね。
さて、そんな中今日から世界バスケが開幕しました。家でごろ寝をしていたおかげで開幕戦の日本vsドイツの試合を見ることが出来ました。
それにしても相変わらずバスケの扱いって粗末だよねえ。放送時間をゴールデンにしてくれないんだもんねえ。じゃあ、サッカーみたいにリアルタイムでやってくれているのかというとそうでもなく、なんか中途半端。
試合を見ていて思ったこと。それは年齢。私もバスケットをしていたのですが、今大会で中心になっている選手の年齢層は20代前半。10歳近くも若い選手たちが活躍しています。
そんな中でベテランとして私よりも年上の人たちがまだがんばっていました。30代後半とは思えない動きと経験を積んだ者が持ち得る冷静なプレーでまだまだ若い選手にも負けない活躍をしていました。
やればできるもんですねえ。
私はバスケットは30過ぎたら本気でやるスポーツではないと思っていましたが、自分を高めるという意味においては、(否、高めるというよりは維持するの方が適切か、)挑戦し続けるのもいいかもと考えさせられました。
今日の試合、負けはしましたが強豪ドイツを相手に途中いい試合をしていました。以前よりも日本バスケのレベルが上がってきていることは間違いないようです。
スポーツ振興よりも金儲けのほうが大事なマスコミは当てにせず、細々と日本バスケを応援しましょう。
がんばれ日本!
17:42 | コメント (270) | トラックバック
ようやくの雨
やっとまとまった雨が降ってくれました。
と、こんなことを書くと台風被害の出ている地域などから苦情がきそうですが、この一月近くそれほど雨がなかったのです。
どうも今年の降り方は極端な気がします。降るときはドバーっと、降らないときは一滴も降らない、そんな感じがしています。
今日も午前中遅くになってから少しずつ降り始めたので早い時間にキュウリやナスなどを収穫できましたし、かなり強い雨になったのは夕方近くなってからです。風はまだそれほどでもありません。
台風情報で見る限りでは雨台風という感じでしょうか。暴風域がない程度の勢力なので風の被害はそれほど心配していないのですが、速度が遅いということで雨の量が多くなりそうですね。
私の記憶が確かであれば、先月21日から今日まででまとまった雨は一回あった夕立のみ。畑は土煙が上がるくらいまで乾燥し、水を好むナスやサトイモなどはかなり苦しんでいた様子でした。
本当は適度な間隔で適度な量の雨が降ってくれるのが一番なのでしょうが、そこはそれ自然のことですから人間の都合のいいようにばかりは動いてくれません。
こういう年もあるわけですから人間のほうが自然に合わせて対応をしたり我慢をしたりしないといけません。
「都会は人間の願望を具現化したバーチャルな世界だ」というような話を何かで読んだことがあります。こうして全てが自分たちの都合のいいようにできると驕っていてもこの程度の雨で大騒ぎになるのが人為の限界ですね。
むしろ人為の加わらない場所ほど被害も少ない傾向があると思っているのは私だけでしょうか。
当然自然であれば災害が起こらないというわけではありませんが、自然の営みを受け入れる懐の深さが隔絶しているような気がしています。
さて、今日はこの雨でポンプ操法の訓練は中止です。日中も合わせて久々に気兼ねなくダラダラさせてもらいました。あとは何して過ごそうかな・・・
ポンプ操法
結局今日も雨は降りませんでした・・・一時パラッとはしましたが、あれは降ったうちには入らないでしょう。
で、結局キャベツとブロッコリにはジョロで水をやりました。
明日こそはちゃんと降ってくれそうです。かなり期待しています。
さて、今日から消防団のポンプ操法訓練が始まりました。
隔年でポンプ操法大会というものがありまして、その前に4日ほど訓練をします。夜8時からということでこの訓練が入ると夜がまた遅くなってしまいます。が、これも団員としての勤めですし、いざ火事のときにポンプの使い方を知らないでは消防団員として情けないですからしっかり訓練しておかないといけませんね。
明日はどのくらい降ってくれるのか知りませんが、少しはゆっくりさせてもらえそうですね。
秋に向けて
今日からはお盆気分を払拭し、秋に向けて百姓再開です。
今日はまたまた友達が朝から来てくれて、一日一緒に畑仕事をしてもらいました。私を入れて3人、やはり人数がいると仕事がはかどります。
今日はトウモロコシのネットやテグスを片付け、秋に向けての種まきや定植をしました。
大根、聖護院、辛味大根の種をまき、キャベツ、ブロッコリの苗を植えました。
本当は他にも人参、ほうれん草、春菊などの種もまきたかったのですが、時間がなかったのでこれらは明日に持越しです。
天気予報では今晩か明日から雨となっており、午後からは雲もだいぶ出てきたので「いける」と踏んでキャベツ、ブロッコリを植えたのですが、どうもすぐには降ってくれそうにありません。
うーむ・・・最悪明日の午前中に水をまかないといけないかなあ・・・
夏野菜もだいぶ終わってきたものが多く、今からしばらくはまた野菜の寂しい時期が続きますが、次は秋以降の収穫に向けてがんばります。
どうもこういう季節の変わり目、端境期の野菜不足がなかなかうまく解消できていませんね。作付け計画や田んぼ作業との兼ね合いがまだ未熟なためでしょうが。
このあたりの改善も今後の課題ですね。
それよりもまずは雨、降ってくれー。
お盆
慌しいお盆もようやく終わりに近付きました。夕べの盆踊りからあけて、今日は野菜の配達。そして午後からは墓参り、最後に実家で両親、姉一家との晩餐、先ほど家に帰ってきました。
お盆も最終日、しかも昼日中の炎天下の中では墓参り客もほとんどおらず、墓所ではほぼ私一人でのんびりとお参りができました。
手を合わせているだけで汗が流れるほどの暑さではありましたが、反面蚊に刺されずにすむという利点もあり、これはこれでありですね。そもそも夏は暑いものですし。
さて、今日一日配達や墓参り、買い物などでうろうろとしておりますと、いろんなことが目に付きます。
面白いのは車の流れ。渋滞が起こっているのは幹線道路のみで一本中に入ったような道は地元民にとっては主要道路でも混雑していません。やはり余所から帰省した人がメインで動いているということなんでしょうかね。
店も同じような傾向にあるようです。お盆でお休みの店が多いということもあるのでしょうが、大型店舗ほど人が集中していた気がします。
関係ありませんが、両親が映画『佐賀のがばいばあちゃん』を午後から見に行きました。大半が年寄り客ばかりで長蛇の列だったそうです。これもお盆効果か。
もう一点は妙な人種、車が増えるということです。ま、お盆といっても世間では単なる大型連休ですからいろんな人間が遊ぶ気満々で湧き出てくるというのも分かりますが、純粋に墓参りをしようと動いているものにとってはある意味気勢を削がれますね。こんなことに振り回されるようじゃまだまだですが・・・
寺に住んでいるという境遇がそうさせるのか、はたまた単に年をとったからなのか、よくはわかりませんがゆっくりとお墓参りに行くことがこんなに意義深く感じられたのは初めてのことかもしれません。
形式も大事ですが、それを為す人の心持一つで同じ行為も大きく意味合いが変わってくるものですね。
気がつくと・・・
1週間も更新していませんでした。先週からのお盆週間は考える間も無く過ぎていった気がしています。
ということはかなりの慌しさだったのでしょうが、はるばるうちまで泊まりできてくれる人や酒席に誘ってくれる人、久しぶりの面々と顔を合わせる機会をつくってくれる人などなど、ありがたい限りの境遇です。
今日は地域の盆踊り。午前中に準備がありまして、これから夜が本番です。忙しい時期に行事が立て込むとついつい文句の一つも言いたくなるところですが、こうして周囲の人とのつながりがあるというのはありがたいことです。
おかげで最近は仕事らしい仕事をしているのかどうか、自分でもよくわからなくなるときもありますが、これは私の段取りが悪いだけの話でありまして、誰のせいでもないですね。それに年々こういう暮らしの中での時間の使い方も上手にはなってきている気もしていますし・・・(ごく徐々にではありますが)
肝心なことは今がお盆であるということですね。いろんな行事や遊びにかまけて墓参りを欠かすようなことだけはすまいと思っています。最終日ではありますが、明日も野菜の配達で出ますので墓参りにも行ってこようと思っています。
毎年、盆・正月・彼岸と年4回だけのことではありますが、節目の風習と先祖への感謝の念は忘れたくないものです。
そうそう、本日やっと雨が降ってくれました。夕方少しだけではありますが、これほど雨が嬉しく感じたのも久々のことです。夕立というよりはおしめり程度のことですが、厳しい暑さの中で耐えていた野菜たちにとっては何物にも代えがたい命の水となったことでしょう。
そしてこうした天の恵だけを頼りに命をつなぐ生き方に改めて感嘆するばかりです。
来客シーズン
今日から一人来客です。昔勤めていたときの教え子ではあるのですが、百姓になってからの付き合いのほうが長いので教え子というよりは友達に近い感覚ではあります。
彼も今春から就職して働いているのですが、盆休みが取れたということで急遽遊びに来てくれました。
働き始めるとなかなか休みが取りづらくなり、なかなか会える機会がなくなってしまうことが多い中でこうして遠くから足を運んでもらえるというのは嬉しいことです。
今日は私が配達だったので、広島で合流して先ほど一緒に帰ってきました。当然夕食にはお好み焼きを食べてきましたよ。
さて、明日からはもう一組が合流。奇しくも当時同じ塾のクラスにいた子です。全くの偶然ですが、これも何かのめぐり合わせでしょうか。楽しくなりそうです。
珍客
昨日は部落の道うちがありました。で、終わったあとそのまま当然のごとく呑み会になるので昨日は更新してませんでした。言い訳ですが・・・
さて、昨日の道うちのときもそうですが、今日も、下手をすると昨日よりも暑かったのではないでしょうか。
あまりにも暑かったのでしょうか、まだ日の高いうちから縁側の踏み石の上でひっくり返っていました。起こしてみると小さなクワガタでした。体長は約2cmくらい。
そもそも昼間にはあまり活動しない虫のはずですが、何を勘違いしたのでしょうか。
とりあえずは死んでおらず、しばらくするとどこかへ消えていきました。
今度は台風の動きが気になりますね。雨は少し欲しいですが、台風はちょっと・・・
夕立
私は畑でトラクターに乗っていたので突然の大降りにずぶぬれになりましたが、あまりにも暑い日が続いていたので気持ちのいいものでした。
雨自体は30分も続かなかったのですが、時間も中途半端でしたし、ずぶぬれにもなっていたしで、今日は少し早めに切り上げました。
野菜たちもかなり乾いていたので恵みの雨となりました。
今年のでき
暑い日が続きます。梅雨が明けてから雨という雨は降っていませんね。野菜のためには少しは雨も欲しい気がしますが、今は雨を気にせずに仕事ができるのでそれはそれで助かっています。
さて、しばらく田んぼの様子をUPしていませんでしたので、ここでまとめてドン!
まずは一枚目。これは失敗の田です。地力、肥料分にかなりムラがあったようで、出来不出来がはっきりと分かれてしまいました。おまけに水もすぐ抜ける「ザル田」だったことも影響していると思われます。
この田は来年に向けて畔の作り直し、地力向上のために有機物の投入などかなりの手を入れないとダメなようです。
2枚目。ここはかなり上出来。写真奥のほうでは畔から5メートルくらい生育のよくないところもあるのですが、全体としては成功です。いま少し穂が出始めているのが分かるかな?
ここまでの稲姿になってくると見ているだけで嬉しくなります。今まで失敗続きだっただけに気分の高揚の仕方も半端じゃありません。この喜びって百姓の特権なんでしょうね。
最後はもち米の田です。ここもいい出来です。多少草の多い場所もありますが、全体としてはまあ良しとしましょう。
少し心配なのは肥料分が効き過ぎていやしないかということだけ。
どの田もまだ収穫までは二ヶ月近くありますので、まだ気を抜いている場合じゃないのですが、とりあえず大雑把な秋の姿が想像できるところまで来たので報告まで。
すぐれもの
暑い日が続きます。梅雨も明けたというのにさくらの毛はまだ抜け続けています。この数日でかなりの量が抜けてかなりすっきりとはしてきたのですが、これも半分以上は新しいブラシのおかげ。
今までは写真右側のブラシを使っていたのですが、毛を取る能力はそれほどでもなかったようです。先日さくらの散歩用のひもが切れたので新しいのを買いに行ったのですが、その時に写真左側のブラシを見つけてしまいました。
「驚くように毛が取れる」という謳い文句に半信半疑、それでも「ラバー素材が毛をしっかりとかきとる」という説明書きになるほどと思い買ってみました。600円くらいでしたし。
するとこれが面白いように毛をかきとってくれます。唯一の難点は、取った毛がブラシにあまり残らず付近に散乱してしまうということ。ということで以前のブラシのように家の中などでは使えず、専ら外で毛をまき散らかしながらブラッシングをしています。
マッサージ効果もあるようで、かなり気持ちいいと見えます。はじめは得体の知れないものに警戒して逃げていたさくらですが、ひとたび掻いてやるとすっかり虜になったようで今ではブラシを持って呼ぶと飛んできます。
気になるのはブラシ裏面に[catty man]と書いてあること。もしかして猫用だったのか・・・
22:09 | コメント (979) | トラックバック